「ストレスチェック制度」の適切な運用のために

ストレスチェックの実施やその後の面接指導などは、職場のメンタルヘルスを専門とする医師にご相談されることを、おすすめします。

はじめに

厚生労働省の調査によると、職場での強い不安や悩み、ストレスを抱えながら働く人は全体の約60%*1にも達しており、メンタル疾患による労災補償は増加傾向にあります。2013年においては、メンタルヘルス対策に取り組む職場の割合は全体の6割に過ぎず、2014年度のメンタル疾患による労災請求件数は1456件*2と過去最高でした。

厚生労働省が「メンタルヘルス対策に取り組む職場の割合を8割以上*3」を2017年までの目標のひとつに掲げていることからも、これからの職場では労働者がメンタル疾患にならいよう職場環境を改善・整備し、人事労務体制を見直すなど、予防策に積極的に取り組むことで、メンタル不調のリスクを早期に発見・低減させることが望まれています。
そこで、今回の労働安全衛生法改正によって導入されたストレスチェックを含めた総合的な対策についてご案内いたします。

ストレスチェック制度の導入

今回の法改正によって始まるストレスチェック制度は、労働者の心理的な負担の程度を把握するための検査(ストレスチェック)と面接指導などを事業者に義務付けています。
これによって、定期的に事業者と労働者がストレス状況を把握し、産業医による面接指導につなげることで、労働者のメンタル不調を未然に防ぐことができます。
とくに事業者にとっては、検査結果をもとに職場におけるストレス要因を、集団ごとに集計・分析・評価して、職場環境の改善につなげる効果があります。

ストレスチェック制度の主な流れ

  1. 実施前

    事業者による方針の表明と、衛生委員会での調査審議。

  2. 労働者に説明・情報提供

  3. 産業医等によるストレスチェックの実施

    労働者へ結果を直接通知。事業者へは集団分析結果を提供。

  4. 面接指導

    高ストレス者と結果が出た労働者が面接指導を希望した場合、事業者は医師へ面接指導の実施を依頼する。面接指導の結果に基づき、事業者は医師から労働時間や作業の転換等の意見を受け、就業上の措置を行う。

    集団分析

    事業者は集団分析結果を職場環境の改善のために活用。

  5. 全体の評価

    ストレスチェックと面接指導の実施について確認や改善事項を検討。

産業医の職務

  • 「ストレスチェックの実施」
  • 「ストレスチェックの結果に基づく面接指導の実施」
  • 「面接指導の結果に基づく労働者の健康を保持するための措置に関すること」

上記における確認・指導内容

  1. 勤務状況(労働時間、業務の内容等)
  2. ストレス要因(職場の人間関係や前回検査以降の業務・役割の変化の有無等)
  3. 心理的な負担の状況(抑うつ症状等)
  4. 心身の状況
    (過去の健診結果・うつ病のほかストレス関連疾患〈胃・十二指腸潰瘍,気管支ぜんそく,顎関節症等〉の有無)
  5. 医学上の具体的指導
    • 保健指導(ストレス対処技術・自覚とセルフケアの重要性などを指導)
    • 受診指導(面接指導の結果、必要に応じてカウンセリングや専門機関の紹介と受診勧奨)

精神科産業医の必要性

身体科産業医の場合、上記2の把握、3・4の心の健康状況の読み取り、5の指導において、性格や家庭生活、就労意欲など健康問題以外に原因を押し付けてしまうケースが見られます。その点、精神科産業医の場合は、ひとりひとりのメンタル不調の要因や過程を丁寧に読み取って、指導を行うことができます。

厚生労働省による指針では「ストレスチェック制度に関して、精神科医または心療内科医等が中心的役割を担うことも考えられる*4」といった表現になっていますが、前述の理由より、面接指導においては長年にわたって精神医療に取り組んできた専門医が適任であり、嘱託産業医には精神科医の採用をご検討いただくことをおすすめいたします。 

面接指導の不適切な例

Aさんは最近なぜか気持ちが落ち込み、以前のように仕事をてきぱきと処理することもできなくなりました。気分が重いだけでなく、食欲もありません。これまでの失敗を考えて、寝付きも悪くなり、日中にひどく疲れを感じるようになりました。やがてストレスチェックで高ストレス者と評価され、産業医の面接指導を受けることになりました。

Aさん

Aさん

「最近元気がなくて、仕事をするのも面倒で趣味の釣りさえする気になりません。業務は山のようにあるのですが手がつきません。これではいけないと反省していますが、意欲が出なくて情けない思いでいっぱいです。」

Aさん

産業医

「誰でも元気がなくなることはあります。以前のようにプラス思考になれば大丈夫です。なぜ、前向きに考えられないのかな?」

なにが不適切でしょうか?
NG
産業医が疑問を抱いた際の「なぜ」「どうして」という問いかけが、上から目線となり責める言葉として受け取られることがあります。
Better
産業医はつらい気持ちに波長を合わせながら、現実に目を向けて一緒に問題の解決に向かう姿勢をとるとよいでしょう。
NG
意外かもしれませんが、安易な励ましは議論を打ち切ります。
苦しい気持ちに耐えているときに一方的に「大丈夫」と慰められても、気持ちを否定されたように感じます。対象者は慰められないばかりか、誰にも気持ちを汲み取ってもらえない孤独の中に置き去りにされます。
Better
認知療法を用い、今の状況にふさわしくない思いに支配されていないかを検討するとよいでしょう。
NG
マイナス思考をプラス思考に変えるように勧めるのは、無理な励ましです。
Better
「今のような状況になったきっかけがあれば教えてください」などと同じ目線で話しかけ、相手を理解したい思いを伝えるとよいでしょう。
NG
話し方や考えるスピード、感情の表現などには相手のペースがあります。
それを無視して一方的に話しかけられると、「自分の気持ちなど誰にも理解してもらえない」という絶望感が高まります。
Better
傾聴の基本は、相手の気持ちや語るペースに波長を合わせることです。相手の気持ちに寄り添って、自分の表情や身振りなどを合わせるとよいでしょう。

面接指導の適切な進め方

不眠・食欲不振・不安・緊張・うつ気分などのために心がゆらいでいる人は、心の余裕や気力がありません。そのため、まずは目先のことで混乱しないで済むよう、より負担が軽くなるような生き方や働き方を提案します。

ここでは、焦ることなく、見守り、時を待ちながら指導していくことが大事です。本人の主体性を保ちながら指導や指示を続けることで、産業医から安心や受容、大切にされている感覚を受け取ってもらうことから始めます。対象者が自分を大切にする気持ちを取り戻し、かつての意欲、活動力を回復させ、生活機能を立て直すことができるよう支援していきます。

<参考>精神科医の基本的な技法

  • 開かれた質問

    自由な返事を期待するときに用いる。得られる情報量が多い。「どのように感じましたか。」「その時に困ったことは。」など。

  • 閉じられた質問

    内容を絞り込んでいくときに用いる。ハイやイイエなどの単語、簡単な文によって答えられる質問など。

  • 傾聴

    積極的に耳を傾けている姿勢を示すときに用いる。対象者の言動に関心を持ち、ひたすら沈黙して話を聴く。

  • 促し

    話が進むよう支えるため、頷いたり、相槌を打ったりする。

  • 繰り返し

    語る内容を興味深く聴いている態度を示すときに用いる。語った言葉をそのまま、あるいは医師の言葉で繰り返す。

  • 明確化

    対象者が話した考えや感情、意欲をはっきりさせるときに用いる。内容をまとめて、確かめながら対話を進める。

  • 共感

    対象者の立場に立って気持ちをくみとり、理解していることを言葉と態度で表す。